| 今日の一言 | ||
| 2009.12.3
○ 因果関係
「3つの間違った考え方」 第1の考え方は 人間の経験することは すべて運命によって決まるとする考え方である 第2の考え方は 人間の経験することは すべて神が決めるとする考え方である 第3の考え方は ものごとは偶然によって起こるとする考え方である (華厳経の英訳からの筆者逐語訳)pp.86 ○ 第1の考え方として 物的なもの動きと 心的な動きも含めた 世界の出来事の隅々まで運命によって決まるとする考え方は 昔からある この考え方において 初期設定と運動法則のどちらにも 人的な意味が含まれていない考え方をすれば 幸・不幸・善・悪はすべてまぼろしと理解されることとなり 人の活動には意味はない ○ 第2の考え方は 物的なものの動きや 心的な動きに 常に見えざる神の手が働くと考える点で 人の活動に神の与えた意味が付加される点が 第1の考え方と異なっているが すべて神が決めてしまうため 人の活動には意味はないという点では同じことになる ○ 第3の考え方は 交通事故や不治の病に遭遇したのは「運が悪かった」からと説明することになり 宝くじに当たることや会社が繁栄することは「運がよかった」からだと説明することになる |
○ 第1の考え方において 現在知られていない何らかの法則によって 世界の動きが決められていくとしても その法則が解明されない以上 ある瞬間には 世界の状態は1つだけあるということは言えるが それ以上何が言えるのか もしある瞬間に自分が2人いたら 因果的な分岐が生じてしまっていることになる また ある瞬間に2人の人格が1つに融合してしまったら 因果的な合流が生じていることになる 第2の考え方においては 善も悪もすべて神のせいになり 人はずいぶん楽になる 何が起ころうが 人には責任はない 刑事事件の法廷で こんな信条を持ち出しても 誰も相手にしない 第3の考え方は 瞬間ごとに偶然が働くので 幸・不幸・善・悪には 系統性・一貫性がないが 人の活動には意味がないという点では同じことになる ○ 多くの人が認める考え方で 身動きの取れないほどの厳格な運命論を採用するものはない お祓い・お祈りなど何らかの儀式によって 「因果関係を よい方に分岐できる」と考えることが核心で これなくしてはお祓い・お祈りのありがたさは半減する 大きな運命の流れを認めつつも 人間の善行などによって その運命を変えることができると考え 善行を促す ○ 一神教の「神」と異なり 多神教の神は 人間的なあるいは自然的な因果関係の外にあって 人によい働きや悪い働きをするものと考えられている ○ では華厳経の続きにはどのように説かれているのか 日本史では 因果応報という用語が印象に残っているが この続きには「縁によって生じ 縁によって滅びる」とされている 「3つの間違った考え方」に続いて「縁」が説かれているので ここでいう「縁」というのは どうやら因果関係という意味での厳格な前後関係ではない 直訳すれば 原因と条件が蓄積されたもの(the accumulation of causes and conditions )となっている |
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